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第92話 Endless Night

Author: 水守恵蓮
last update Last Updated: 2025-07-02 19:17:20

春の訪れを思わせる暖かい日が何日か続いた後。今日は晴れの日だというのに、朝からあいにくの曇り空。季節が逆戻りしてしまったかのような肌寒さで、出かける支度をしながら、何度も窓の外の空を見上げてしまう。「……雪、降るのかな」今朝目が覚めてすぐ点けたテレビでは、東京に雪の天気予報が出ていた。なんとなく溜め息をついた時、寝室のドアが開いた。「夏帆。支度、できたか?」あまり見慣れない、すっきりとソフトなオールバックにセットした髪。フォーマルなブラックスーツに、白いネクタイ。袖のボタンを留めながら出てきた優さんに、私の胸がドキンと跳ねた。「も、もうちょっと……」お約束で見惚れてしまったのを誤魔化し、私は手元の鏡を覗き込む。メイクの仕上がりを確認してから、最後に急いで口紅を塗った。ふうっと息をついてから、肩口で揺れる髪をそっと手で払う。ネットやアプリを活用して、なんとか自分でヘアアレンジに挑戦してみたけど、今日の天気のおかげか、猫っ毛の髪はあまり綺麗に決まらなかった。「やっぱり、ヘアサロン予約すればよかったかな……」ちょっと残念な気分でボソッと呟くと、優さんが小さく浅い息を吐いた。「どっちにしても、無理だっただろ? 夏帆、今朝盛大に寝坊してくれたし」車のキーをポケットに忍ばせながら、結構ドライに口を挟む。「一時間前には会場入りできるはずだったのに。俺まで支度急ぐ羽目になった」なんだか偉そうにふんぞり返ってボヤくのを聞いて、私はムッと唇を尖らせた。「……それ、誰のせいだと」「なにか言った?」今度はネクタイを直しながら、彼がチラリと視線を流してくる。こちらに向けられるその目が、やや意地悪に細められ、私は慌ててブンブンと首を横に振った。「な、なんでもないです」肩を縮めて呟くと、「そ?」と軽い調子の声が返ってきた。はっきり言えるわけがない。昨夜、私は今日の予定を気にして、早めに寝ようと思ってたのに。寝坊したのは、優さんが寝かせてくれなかったからだ、なんて。それなのに、文句と同時に思い出してしまう、昨日の濃密で甘い夜――。思わずボッと頬を染めてしまった私に、優さんが「そろそろ行こう」と声をかけてきた。「う、は、はい」頬に手を当てながら、口をへの字に曲げて返事をすると、廊下を先に立って歩く優さんが、肩越しに私を見下ろした。そして、肩を揺らしてクックッと小気味よく笑う。「な~んか、言いたいこ
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